出所:経済産業省・特許庁 産業競争力とデザインを考える研究会、「『デザイン経営』宣言」、2018年
出所:公益財団法人日本デザイン振興会・株式会社三菱総合研究所、「企業経営へのデザイン活用度調査概要」、2020年11月25日

Update :

2 FEB, 2021

デザイン経営はビジネスを強くする

  • #多様性の尊重とつながりの確保
Credit :
  • Moderator: Saori YABUMOTO(Career Innovation Division, MRI)
  • Speaker: Kazufumi NAGAI(Executive Director, Japan Institute of Design Promotion/CEO,HAKUHODO DESIGN Inc./Professor, Tama Art University Department of Integrated Design)
  • Speaker: Naoko HIROTA(Managing Director, HIROTA DESIGN STUDIO Inc./Jury member, GOOD DESIGN AWARD 2019/ Chairman, TOKYO BUSINESS DESIGN AWARD 2019)
  • Speaker: Shinji YAJIMA(Managing Director and Director, Project Department, Japan Institute of Design Promotion)
  • Speaker: Hiroki MATSUURA(ELYZA Inc./ Visiting Researcher, MRI)
  • Speaker: Masao YAMAKOSHI(Management Innovation Division, MRI)
SCROLL

2018年5月に経済産業省及び特許庁が「デザイン経営宣言」を発表後、デザインを活用した経営手法である「デザイン経営」は大きな関心を呼んでいます。MRIは今年、公益財団法人日本デザイン振興会と共同研究を行い、日本企業における企業経営へのデザイン活用度調査を全国規模で初めて実施しました(注1)。この調査結果を振り返り、研究を監修したデザイン業界の第一人者、共同研究実施者である日本デザイン振興会、MRIコンサルタントとともに、デザイン経営を推進していくポイントについて語っていきます(注2)。

なぜ、経営にデザインを持ち込むのか

薮本 2018年に経産省・特許庁が「『デザイン経営』宣言」というレポートを発表するなど近年大きな注目を集めているデザイン経営ですが、一方で「捉えどころがない」との意見が企業には根強くあります。そこで三菱総研は、公益財団法人日本デザイン振興会と共同研究を行い、日本企業における企業経営へのデザイン活用度調査を全国規模で実施しました。ThinkLink第5回は、調査に参加した6名が調査結果を振り返りながら、日本でこれからデザイン経営を推進していくためのポイントを議論したいと思います。
まずは、「デザイン経営」宣言の策定に政府委員として関わられた永井さんに「デザイン経営とは何か」をご説明いただきたく思います。永井さん、よろしくお願いします。

永井 「デザイン経営」宣言では、デザイン経営を「デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営の方法論」と定義しています。これだけだとちょっと分かりにくいので、同時に「ブランド構築に資するデザイン」と「イノベーションに資するデザイン」によって企業の価値を高めるもの、とも定義しています。
出所:経済産業省・特許庁 産業競争力とデザインを考える研究会、「『デザイン経営』宣言」、2018年
具体的には、例えばCDO(Chief Design Officer:デザイン統括責任者)のポジションを経営陣に設け、経営とデザインの距離を近づけるよう提言しました。なぜ経営にデザインを持ち込むのか。それを知るにはデザインの特性を知る必要があります。1つ目に「人から考える」こと。作ったものが人にどんな意味や感情をもたらすのかを常に考えます。2つ目は「かたちにする」こと。考えを考えのままで終わらせるのではなく、具体的な形に落とし込み、社会実装していきます。3つ目は「美と調和を大切にする」こと。デザインには経済性・社会性・文化性という3つの軸があります。経営においては経済性ばかりが重視されがちですが、デザインを通すことで社会性や文化性にも目配りできるようになり、結果としてデザインが経営においても有効な手段になる。僕はそう考えています。

そもそも「デザイン」というと、一般的には形あるモノのデザインをイメージされがちですが、デザインの語源である「デジナーレ」には、考案すること・意図すること、といった意味が含まれています。つまり「カタチのデザイン」の前に「考えのデザイン」があり、この2つを行きつ戻りつしながら、ズレのないよう形に落とし込んでいくことがデザインだと言えます。昨今、経営において重視されている「パーパス(Purpose:存在意義)」というキーワードも見逃せません。社会における自社の存在価値を見定め、ふさわしい組織文化を構築し、新たな価値を創造し続けていく。そのようなプロセスにおいてもデザインが役に立ちます。ごく簡単にまとめるならば、デザイン経営とは、人の生活、未来の社会をより良くしていくための1つの経営手法であると言えるでしょう。

ビジネスの真ん中にデザインを位置づける

薮本 永井さん、ありがとうございます。続いて、今回の調査設計に関わった松浦さんに、調査概要と調査結果を説明していただきます。

松浦 「『デザイン経営』宣言」から2年が経ち、デザイン経営に興味を持つ企業が増えてきた一方で、「デザインが経営にどう役立つのか」と疑問の声も聞かれるようになりました。その答えを定量的に示すことはできないか。そのような課題意識から今回の調査はスタートしました。具体的には、日本デザイン振興会が実施するグッドデザイン賞に応募実績がある国内企業3,944社を対象に、経営におけるデザインの導入・推進状況、課題意識などを中心に計41問からなるアンケート調査を行いました。その結果、「デザイン経営に積極的な企業ほど売上成長率が高い」傾向があることや、「従業員からも顧客からも愛される」傾向があることが分かったのです。
なお、アンケート質問項目には、今回考案した「デザイン経営の取り組みを把握するための8つの視点」を反映させています。8つの視点には、例えば「経営へのデザインの浸透状況」「デザインへの投資状況」「デザインの評価制度」「デザインに関する人材の状況」などがあります。
出所:公益財団法人日本デザイン振興会・株式会社三菱総合研究所、「企業経営へのデザイン活用度調査概要」、2020年11月25日
矢島 海外の先行研究だと、デザイン経営と株価との比較をするものしか見当たりません。それはそれで良いのですが、違う視点や視野で経営へのデザインの浸透度を見るべきだろうと思いますね。特に大企業だけではなく、中小の企業にとってのデザイン経営を考えるには、それが必要だと思います。

薮本 8つの視点を設定するにあたって、我々は長い議論を行いました。なかでも重要なポイントは「経営とデザインの距離」ではないかと私は感じているのですが、いかがでしょうか。

山越 デザイン経営を実践される企業実態による部分もありますね。例えば、BtoCの事業を展開する大企業では、社内にデザイン専門組織があり、デザイナーが一定数在籍している企業も多いですよね。そうした企業では、CDOのポジションを用意し、経営の意思決定にデザイン系の人材が参加するなど、経営とデザインの距離を近づける事例が近年増えてきています。その一方、中小企業やBtoB企業になると、そもそも社内にデザイナーがいないことが多い。となると、むしろ社内の人材にどうデザインの知識やスキルを学んでもらうかといった人材育成や、社外のデザイナーとの連携強化などがポイントになりますね。 

永井 大企業でも中小企業でも、ビジネスの真ん中にデザインを位置づけることが大事。中小企業にインハウスデザイナーがいないのは当然でも、社外のデザイナーと関係を持てているかが、大きなポイントです。

廣田 中小企業と関わることが多い立場からお話をすると、デザイナーと関わる機会がなくとも、デザイン経営に興味があり、また「起死回生の打開策ではないか」と期待している経営者が多くいます。彼らにはよく「社長がデザインする」ことを勧めています。従来のデザインとの関わりは、パッケージやチラシのデザインなど対症療法的なものでした。しかし、これからは社長自らがデザインを覚え、会社の体質を改善していくことが必要。いわばデザインは西洋医学でなく東洋医学なんです、というようなお話をすると腹落ち感があるようです。

デザイン視点で経営を変えていく

薮本 それでは、企業がデザイン経営を進めるにあたって「なに」から始めるべきでしょう。そして、そもそも「なぜ」デザインなのか。「どのように」始めるか。皆さんにデザイン経営のWhat、Why、Howを伺いたいです。

山越 デザイン経営を進める前のWhatになりますが、まずは、経営課題を洗い出し、それらがデザイン経営によってどの程度改善され得るか、深く検討すべきと考えます。デザインを経営の中枢に据えるのがデザイン経営だとする時、意思決定フローの中で、デザインを担当されている部隊や外部パートナーがどの位置に置かれているかを確認しつつ、デザインをより上流の経営の意思決定に活かしていくにはどうすれば良いか、また、そうすることがどのような価値を従業員や顧客にもたらすのか、まずは客観的に評価してみることが大切です。

廣田 私はWhatとして「観察の視点」をお勧めします。デザインの最初の視点とは「観察」です。顧客あるいは生活者、さらに広く社会を見て、そこから会社がどうあるべきかと考える。Whyは「サステナビリティのため」と私なら答えます。企業が長く続いていくには変化に対応できる柔軟性が必要。デザイン思考がもたらす新しい視点が効いてきます。最後にHowですが、経営者のそばにデザイナーを置き、経営者とデザイナーがパートナーのように対話をすることで、経営にデザイン視点を組み込むのが理想的です。とはいえ、多くの会社には難しいこともあるでしょう。経営者自身がデザインを学ぶことも勧めているのは、そのためでもあります。

永井 僕からWhatについてお伝えしたいのは、デザインは本を読んで勉強するタイプのものとは質が違い、「やってみなくちゃわからない」部分がある、ということです。デザイナーと意見交換して初めて「こんな視点で発想するのか」と気づくプロセスが必要で、自力でデザインに取り組むのはなかなか難しい。なので最初は、外部のデザイナーと小さなプロジェクトを動かす、経営の相談をするといった小さなことから始めてみる。CDOを置くなどデザイン経営を本格的に進めるのはそれからでいいと思います。もう1点は「パーパス」です。従来の「ミッション」にも近い概念ですが、ミッションを社会側から定義し直したものがパーパスです。自分たちが何を為したいか=ミッションも大事ですが、社会において自社はどんな意味を持つのかと、自社ではなく社会の側から定義し直してみると、これまで気づけなかったこと、次にやるべきことが見えてくるかもしれません。

デザインと経営をつなげる人材をどう育てるか

薮本 視聴者からデザインと経営をつなげる人材に関する質問が届いています。どんな人材が求められていて、どう育成したらいいのか、どんな教育環境が必要か。これについてはまず、多摩美術大学が開講するデザイン経営をビジネスに実装する講座「TCL(多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラム)」のお話を伺うところから始めたいと思います。永井さんがエグゼクティブ・スーパーバイザーを務め、山越さんが第一期生として受講しました。

永井 美術大学には「デザイン経営に対応できる人材を美術大学は生み出してきたのか」という課題感がありました。そこで、60時間の履修で修了証が発行されるサーティフィケート・プログラムの枠組みを利用して、社会人向けにデザイン経営を教えるプログラムを立ち上げたのです。山越さん、受講された感想はいかがですか。

山越 TCLでは毎週土曜日に6時間ずつ全11回の講座を受けました。午前中は、まさにデザイン経営の第一線で活躍されている経営者やCDO、デザイナーなどの皆さまから講義を受け、鮮度の高いリアルな事例から多くのことを学びました。午後になると受講生がチームを組み、新商品やサービスのプロトタイピングを繰り返しました。
印象に残っているのはパーパス、ビジョン、ビーコンという言葉です。最初に、なぜそのビジネスをするのか、つまりパーパスを突き詰める。それから10年先20年先のビジョンを思い描く。そしてビジョンを実現するための第一歩、いわばビジョンを照らす灯台(ビーコン)として1つめのプロジェクトを作るのです。当事者としてデザインを体験してみて初めて分かったことがたくさんあります。

薮本 これから教育環境を整備するにあたって、どんな取り組みが必要だとお考えですか。

矢島 多摩美術大学をはじめとする美術大学の中にビジネスを扱う新しい学部がいくつか生まれています。また一般大学では、クリエイティブの要素を取り込んだ学部学科の新設が相次いでいます。反面、デザイン経営を実践する人材を育てるためのカリキュラムがバラバラに動いている感もある。今後はそこを整備し、「今求められているデザイン経営のメソッド」を作る必要がありそうです。
松浦 私自身、東京大学の「i.school」というイノベーション教育プログラムの出身です。そこではデザイン手法も多く学びました。おかげで、社会に出て働き始めてから、デザイン経営のコンセプトを理解しやすかった。その経験からいうと、社会人の学び直しの場がもっと身近にあればいいなと思います。

薮本 廣田さんはいかがですか。視聴者からは「デザイナーが経営を理解するのは難しいのではないか」という質問も届いています。

廣田
 いい質問ですね。私もたびたび「デザイナーが経営を学ぶ」必要性を訴えています。しかし、企業は「いま」デザイナーを必要としているのに対し、デザイナーを育てるのに時間がかかるという時差の問題がある。様々な場所、様々な角度からデザイナーを育てる、そのための環境を整えていくことが、現実的な回答になるかと思います。

薮本
 最後に永井さん、デザイン経営の将来像をどうお考えですか。

永井 これまで美術大学は、「デザイナーを通じて社会に貢献する」プロセスしか持ちませんでした。一方、TCLは非デザイン人材にデザインを伝えることでデザイン経営を推進することがコンセプト。デザイナーはビジネスを、ビジネスパーソンはデザインを理解し、2つを融合していくのが将来像だと思います。
デザイン経営は、まだ始まったばかりです。世界を見据えつつ、日本独自のものとしてどう発展させていくか、教育プログラムとしてどう整備していくかは非常に重要な問題です。今後も三菱総研を含め、皆さんと共に考えていきたいと思います。

薮本
 ありがとうございます。よろこんで。
  • Moderator: Saori YABUMOTO(Career Innovation Division, MRI)
  • Speaker: Kazufumi NAGAI(Executive Director, Japan Institute of Design Promotion/CEO,HAKUHODO DESIGN Inc./Professor, Tama Art University Department of Integrated Design)
  • Speaker: Naoko HIROTA(Managing Director, HIROTA DESIGN STUDIO Inc./Jury member, GOOD DESIGN AWARD 2019/ Chairman, TOKYO BUSINESS DESIGN AWARD 2019)
  • Speaker: Shinji YAJIMA(Managing Director and Director, Project Department, Japan Institute of Design Promotion)
  • Speaker: Hiroki MATSUURA(ELYZA Inc./ Visiting Researcher, MRI)
  • Speaker: Masao YAMAKOSHI(Management Innovation Division, MRI)