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1 MAR, 2022

まちと暮らしのミライを考える いきいき暮らせる「住民主体」のまちとは?

  • #多様性の尊重とつながりの確保
  • #新たな価値創出と自己実現
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  • Moderator: Atsushi HASEGAWA(Marketing and Alliance Division, MRI)
  • Speaker: Hirohisa TANINOUE(Section head, Policy Planning Division, General Policy Department, Kawachinagano City)
  • Speaker: Yu NAKAI(The University of Tokyo, School of Engineering, Department of Civil Engineering, Professor/Dr.)
  • Speaker: Hiroyuki KURIMOTO(CEO, Liquitous Inc.)
  • Speaker: Tomoo MATSUDA(Management Innovation Division, MRI)
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スマートシティは本来、住民を中心に据えた設計思想のまちづくりです。しかし、実際はITやハイテクの見本市といったイメージが強く、ともすると住民の視点は置き去りになりがちです。改めて「住民主体」でまちづくりを捉え直す時期が来ているのではないでしょうか。具体的には、供給者(作り手)主語から住民(使い手)主語への転換で何がどう変わるのか。主語(主体)となる住民とはいったい誰なのか。先進的なまちづくりに取り組む河内長野市の政策企画課、景観論や公共空間・施設のデザインが専門の大学教授、オンライン合意形成プラットフォームを掲げるスタートアップ企業CEO、逆参勤交代やプラチナ社会の実現に取り組むMRI研究員と議論を進めてまいります。

長谷川 スマートシティは本来、住民を中心に据えた設計思想のまちづくりです。しかし、現実はスマートシティ=ITやハイテクの見本市といったイメージが強く、ともすれば住民の視点が置き去りになりがちです。そこで今回、あらためて「住民主体」でまちづくりを捉え直したいと思います。まちづくりが最終目的ではなく、いきいきと暮らせる環境づくりが本来のまちづくりと再認識し、ここでの議論を現実のスマートシティに再反映していきたいと考えています。座談会に先立ち、地域活性化を専門とするMRI松田智生から問題提起をさせていただきます。

松田 「供給者主語から住民主語へ こんなスマートシティにご用心! ※1」という問題提起をします。具体的な課題として、最近、専門誌に寄稿した「9つの困った症候群 ※2」を示したいと思います。(1)ベンダー主語症候群 供給者であるはずのベンダーが主語になりがちで、住民が置き去りになる。(2)スマートシティ目的化症候群 住民のQOL向上という目的が忘れられ、スマートシティをつくること自体が目的に。(3)ハイテク見本市症候群 スマートシティがドローンやDX、ビッグデータ等のハイテク見本市になってしまう(4)カタカナ用語氾濫症候群 住民が理解できない専門用語が氾濫する。(5)市民参加不在症候群 盛り上がるのは自治体とITベンダーのみで、肝心の市民参加が伴わない。(6)実証実験 野ざらし症候群 補助金に依存した実験が終わると何も残らない。(7)ではの守(かみ)症候群 日本の社会や地域特性を考慮せず、「海外では」と受け売りばかりする。(8)何のためにやってるんだっけ症候群 担当者が多忙を極める中、一体、何のためにスマートシティをやってるんだっけ?と振り返る。(9)縦割り連鎖不能症候群 スマートシティの推進分野が縦割りになりがちで、相乗効果を生まない。その結果、住民主体のまちづくりは忘れられてしまう。さらには行政にも地元産業にもメリットがなく、住民・行政・産業の三方良しならぬ、「三方相対立」のスマートシティが生まれてしまうのです。スマートになるのは街ではなく住民の暮らしです。そして、住民の求める暮らしの実現はハイテクでもローテクでも良いはずです。こうした課題に対し、私たちは何ができるのか?行政・大学・民間、それぞれのアプローチが必要です。河内長野市総合政策部でまちづくりに携わる谷ノ上さん、東京大学中井先生、リキタス栗本さんと議論したいと思います。 

「若者、よそ者、ばか者」が新たなコミュニティをつくる

長谷川 大阪府河内長野市は以前からスマートシティを推進されており、MRIもお手伝いをさせていただいています。そのなかで印象的なのは、まちづくりを行政にやってもらうものではなく、住民が自ら担うものという認識が醸成されていることです。

谷ノ上 ありがとうございます。地域住民が主体となり、まちづくりを行うと、サービスを提供する側も住民、サービスを受ける側も住民で、やはりコミュニティとして一体感が出てきますね。例えば、スマートエイジングシティとしてまちづくり事業を行う南花台地区では、住民の移動支援をする「クルクル」という電動ゴルフカートが走っています。カートの運転や予約受付などを行うのは、すべて地域住民。乗り合わせた車内でも小さいコミュニティが生まれますから、そこでも地域住民の生の声を吸い上げることができます。コミュニティがあるからこそ、地域住民の意見を吸い上げて一つにまとめることができる。それがまた、次のまちづくりへ活かされる。コミュニティがまちづくりに与える影響は本当に大きいです。

長谷川 そのようなコミュニティが生まれるきっかけがあったのでしょうか。

谷ノ上 最初は行政主導ではなく、関西大学の江川教授に総合コーディネートをしていただきました。定期的に大学院生も通ってくれて、「スーパーの手すりが錆びているな」と思ったらみんなで塗り直したり、「地元の木材で何かできないか」と言ったらカヌーを作ったり。そんなふうに「やれることからやっていこう、やりながら考えよう」というスタンスで動いてくれたことが、住民を巻き込むコミュニティづくりの発端になりました。

長谷川 中井先生は河内長野市の取組をどうご覧になりますか。

中井 1つお聞きしたいのは、元々あったコミュニティとの関係性です。新たなコミュニティを立ち上げるにあたり、どんな作戦があったのでしょうか。

谷ノ上 南花台では従来、様々な考えを持つ団体が連携しないまま、それぞれ活動していました。それが少なからず、まちづくりを阻害する要因になっていたのも事実です。しかし、学生さんたちが凄かったのは、そんなことを何も気にせず、毎月ワークショップを開催してくれたこと。「やれることからやっていこう、やりながら考えよう」のスタンスで、地域住民と一緒に動き続けた。その様子を見て、他の団体もまとまっていき、コミュニティが一体化しました。

中井 そうでしたか。私がまちづくりの専門家として地域に入り込む時に難しさを感じるのは「どこまで付き合うか」です。河内長野市の場合、江川先生の研究室が継続的にコミュニティと付き合うことによって信頼関係を築いていかれた。もしかすると、行政には言えないことでも学生には言える空気ができていたかもしれませんね。

長谷川 地域活性にはよく「若者、よそ者、ばか者」が必要と言います。地域の利害関係に煩わされない人たちが間に入ることで、まとまりが出る。河内長野市もその一例でしょうか。 

当事者意識を生むコミュニティのサイズと解くべき課題の「マッチング」

中井 コミュニティのサイズも合意形成では重要です。私が携わった岩手県大槌町の復興計画で、地元の方から「コミュニティを小分けにして議論しよう」と提案されたことがあります。元々、大槌町は旧大槌村と旧小槌村からできていた。それぞれの村も、さらに小さいコミュニティに分かれていました。その小さな単位で議論するというわけです。すると、大槌町全体で議論した時には場がシーンとしていたのが、急に議論が活発となり、合意形成へ向かい始めました。私自身は「そんなことしたら議論の収集がつかなくなるのでは」と心配しましたが、やってみると、見事にコミュニティごとの調和が取れ、最後に町全体としても「まあ、そういうことなら、それでいいか」と結論が出たんです。とても不思議な体験でした。その時、思いました。我々は概念的にコミュニティを一緒くたにしますが、当事者意識が生まれるにふさわしいサイズがあり、そのサイズと解くべき課題のマッチングを間違えると、住民参加の議論は上手くいかないのだと。

長谷川 今のお話、市民参加型の合意形成プラットフォームを開発して社会実装に取り組む、栗本さんはどうお感じになりますか。

栗本 ご指摘の通り、自治体全域に関する問題を住民みんなが等しく、当事者意識を持つのは難しい。コミュニティを小分けにするなど、工夫が必要だと私も思います。ただし、既存コミュニティがあるならともかく、現在の自治体において「どこまでコミュニティが成立しているか?」という議論をシビアに行う必要があると感じています。例えば、若い世代はどれだけ地域に愛着を持ち、コミュニティをつくっているか。ご高齢の方は町内会に参加しているイメージがありますが、本当にそうなのか。私たちはデジタルツールを使うことで、既存のコミュニティに属していない、従来は拾いきれなかった住民の声も拾えるのではないかとご提案しています。もちろん、人との関係のなかで意見を吸い上げるアナログ的な取組も重要です。しかし、そこにデジタルを乗せることで、より多くの住民を巻き込めるのではないでしょうか。

長谷川 デジタルの活用を謳いつつ、アナログの重要性も認識されているのですね。

栗本 はい。大切なのはその土地で暮らす住民の意見を集め、合意形成に向かうプロセスにどう参加していただくか。デジタルもアナログもそのための手段でしかないですし、我々も必要に応じてデジタルとアナログを組み合わせています。例えば、当社がご一緒している高知県土佐町は高齢化率が50%弱で、デジタルツールを入れるのはなかなか難しい。それでも土佐町にデジタルツールが要るのは、少数派である若い方の意見を行政に伝えるためです。まちの持続可能性を考えるなら行政は若い世代の意見を聞かなくてはならないのに、どうしても高齢者の声が強い。そこでデジタルを活用して、若い世代の声を吸い上げるという発想です。

長谷川 松田からは「スマートシティがハイテク見本市になってしまう」という課題が提示されています。デジタルのシーズがあると、どうしてもデジタル偏重に陥りがちですが、地域特性に応じてデジタルとアナログを組み合わせていくのが本来のスマートシティかもしれません。

松田 その通りです。課題解決にはデジタルも必要ですが、人のリアルなつながりで解決可能な分野があります。

住民たちの「まあいいか」を導く

中井 結局、住民主体のまちづくりは「合意形成をどうスマート化するか」という問題に帰着すると思います。先程の大槌町は昔ながらの村社会を残した地域ですが、東京近郊の新開地ではまた違った難しさがあります。例えば、1960〜70年代以降にできた新興住宅地のコミュニティとそのすぐ隣にある旧来の農村社会コミュニティとは交流が切れていて、問題の当事者が議論の場に出てこないというケースです。例えば、公園で子どもたちが遊ぶ遊具をどうするかを議論しているのが70~80代の高齢者だったりします。一方、旧来のコミュニティでは、なぜ合意形成に至るのか。これは皆が同じ意見になるからではなく、最後に「まあいいか」となるからだと思います。「村長(むらおさ)がああ言ってるし、これだけ議論したんだから、自分は違う意見だけど、まあいいか」と。現代のコミュニティには村長的な機能がありません。そこが難しいですね。まちづくりの課題について個人が意思決定をするのは、本来、相当大変なこと。皆、本心では誰かの意見に従いたい。昔は村長のような人がその誰かだったわけです。現代のコミュニティにおいて、誰が村長の役割を務めるのか?この問題はこれから深刻になっていくと思います。素人ながら、私がデジタル技術に期待するのはそこです。全員賛成は無理でも、「これだけ議論したし、まあいいか」と住民の納得を導けるスマートなシステムができたら、現代的コミュニティの1つの核になるかもしれないなどと想像しています。

栗本 「これだけ議論したんだから、もういいよね」は重要だと思います。住民みんなが100%納得する解を導くのは無理でも、最後の落としどころを作らないといけない。その時まず重要なのは、議論の場に誰もが参加できること。我々が合意形成のプラットフォームをつくっているのもそのためです。現状では高齢者のデジタルデバイド(注:インターネットやコンピューターを使える人と使えない人の間に生じる格差)の問題がありますが、それも10年後はクリアになっているはずです。その上で合意形成にかかるコストを下げていきたい。社会の複雑性が増すにつれ、自治体側も過去にない判断を迫られています。合意形成を図るコストが高いと、住民の意見を聞くのは後回しになりかねません。それでは、自治体が新しい施策を打ち出しても住民がついてこない。自治体の持つリソースが先細りしていく。結果、住民が大都市に流出していく。そんな厳しい未来が見えてきます。

地域と住民の「内発性」

長谷川 残念ながら終了時間が近づいています。最後に一言ずつ、今日の気づきをシェアしていただきたいと思います。

谷ノ上
 住民の意見を聞き、施策へ活かしていくことに一定の成果が出ている今、河内長野市の次の課題は「まちの隅々にまで情報を周知する」ことです。スタートして2年経つクルクルをまだ知らない住民がいる。そこを例えば、栗本さんが展開されているデジタルの力で補えないか。これからも相談に乗っていただければと思います。

中井
 改めて思うのは、地域住民の「内発性」がないと、スマートシティを含むまちづくりの問題は上手くいかないということ。住民が地域の当事者となり、自ら動いていく。そのために何が必要か?これからも考えていきます。

松田
 内発性を後押しするアイデアを述べたいと思います。それは「第2義務教育」です。社会人になったら、第2の義務教育としてもう一回学校に通い、地域の魅力や課題を勉強する。学校で給食が出れば、単身者や独居老人も助かります。いきなり、当事者として地域について考えろというのも難しいので、最初は第2義務教育的に程よく背中を後押しし、社会参加につなげるのが狙いです。いざ地域に関わりだすと面白くなり、内発的に動き始める人が多いですし、大切なのはそのきっかけづくりだと思います。インセンティブとして参加者には住民税を下げる、学びや社会参加の時間が地域通貨になる、将来の介護時間に使えるといった制度設計も大切です。

栗本
 「この地域は住民参加の意識が高くない」「だから仕組みを作っても意味がない」と言う議論をしばしば、耳にします。それはニワトリと卵の関係で、まず行政側が住民を信頼し、住民が参加できる制度や仕組みを整えない限り、住民たちがまちづくりにコミットすることはないと思います。内発性の視点は非常に重要です。ただ、内発性がないことを、行政が住民を信頼しない言い訳にしないことも重要です。制度をつくることで、地域の内発性を高めていく。すると、住民参加の議論でより良い制度が生まれる。こうした循環を目指すべきではないでしょうか。

後記:長谷川さん総括

今回は住民主体のまちづくり、スマートシティのあり方について議論した。中井教授は「まちづくりは合意形成をどうスマート化するか」に帰着すると喝破した。河内長野市の谷ノ上課長は「コミュニティが存在すれば、住民の意見を吸い上げて一つにまとめやすくなる」と言う。では、コミュニティはどうやってつくるのか?「若者、よそ者、ばか者」を引き込み、上手くかき混ぜることでコミュニティが形成されると。ばか者の言葉は悪いが、地域に暗黙裡に存在するパワーバランスへ忖度することなく、楽しげな活動を生み、人々を巻き込んでいける立場の「力」を意味するのだろう。それは若者、よそ者ともに許される特権である。しかし、そうしたコミュニティを形成しても、必ずしも全住民の意見を吸い上げて合意形成を図れるわけでもない。まちづくりの大変難しいところだ。そこに、デジタルの「力」を使おうという発想が生まれる。ただし、単にデジタルを持ち込めばいいわけではない。住民が当事者意識を持って議論する「最適な単位」がある。たとえ結論が自らの意見と異なっても、当事者として参加し意見を聞いてもらったことで、「まあいいか」と納得が導かれる。こうした、いかにも人間的な議論の枠組みやプロセスこそが合意形成を生むのだ。新旧の集落問題や年齢階層別の参加率にも配慮が必要だ。「みんなが携帯・スマホを持っているんだから、デジタル国民投票の直接民主政でいいじゃないか」という乱暴な意見ではならない。このあたりはリキタス栗本社長と中井教授の議論がガッツリ噛み合っていた点が大変面白く、印象的であった。両者とも市民参加の合意形成をいかに実現するかについて、視点や手段は違えど真摯に考え抜いているからであろう。手段が目的化したハイテク見本市では「住民主体」のまちづくりやスマートシティは成し得ないのである。とは言え、かつて、地域の議論に裁定を下していた村長の役割を「デジタル技術が担えないだろうか」と期待する中井教授の言葉に、合意形成の難しさと苦悩を垣間見た。内発性を喚起する方策として、松田から「第2義務教育」が提起された。栗本社長からは行政と住民の「相互信頼関係の構築」が重要と指摘があった。谷ノ上課長は「まちの隅々にまで情報を周知する」ことを課題に挙げた。もともと議論し尽せないテーマであったが、論客が揃ったこともあり、あっという間に所定の時間が過ぎた。制約さえなければ、おそらく延々議論し続けられただろう。コロナが収束したら、このメンバーで河内長野市の南花台地区を視察へ行こうと約束し、解散となった。

出典
※1 月刊ガバナンス 2021年7月号「供給者主語から住民主語のスマートシティ」三菱総合研究所 主席研究員 松田智生
※2 日経グローカル 411号 2021年5月3日発行「新スマートシティ論 9つの困った症候群」三菱総合研究所 主席研究員 松田智生

【お知らせ】本座談会をきっかけに、Liquitous社と大阪府河内長野市の連携が始まっています。Liquitous社のニュースリリース(2022/03/24)をご覧ください。

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