作成:三菱総合研究所

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10 FEB, 2022

誰もが受けたくなるがん検診とは?

  • #Post CORONA
  • #健康維持・心身の潜在能力発揮
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  • Moderator: Yoshihisa NISHIMURA (Innovation Service Creation Division, MRI)
  • Speaker: Masayuki TATEMICHI (Professor/Tokai University, School of Medicine, Department of Preventive Medicine)
  • Speaker: Shiho AZUMA (President & CEO/Lily MedTech Inc.)
  • Speaker: Reiko YOSHINO (Registered nurse/Corporate Division, MRI)
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日本においてがんは死因の第1位、85歳までに2人に1人が罹患し、3人に1人はがんで亡くなっている。人生100年時代、がんを考えることは人生を考えることにもなる。がんは治る病気という時代も近づいているが、そのためにはがんの早期発見が重要だ。一方、がん検診の受診率は十分とは言えない。重要と分かっていてもがん検診を受けない人が多い状態を、誰もが受けたくなる状態に転換するためには、誰がどうアプローチをすればよいだろうか。がん検診の制度的な課題やハードルを取り払うための仕掛け、テクノロジーの貢献などについて、大学医学部の公衆衛生学教授、医療機器のベンチャー企業CEO、当社の産業保健師と語っていきます。

西村 がんは早期発見が重要と誰もが知るところですが、がん検診の受診率は国の目標値に届いておらず、昨年は新型コロナでの受診控えもあり、検診受診者が大幅に減少しました。今後、がんの発見が遅れる人が増えるのではと懸念されています。ではどうするか、我々は次のような仮説を考えています。テクノロジーや仕組みを上手く活用し、個人を周辺から支えることで、自発性に依存しがちな「健康を知り、行動する」ことを、飛躍的に改善できるのではないか?今回はがん検診、特に企業検診をきっかけに話を進めたいと思います。登壇者は東海大学衛生学公衆衛生学教授で産業医の立道先生、乳がん画像診断装置を開発する東大発ベンチャーLily MedTech代表の東さん、三菱総研医務室の吉野さんです。どうぞよろしくお願いします。

がん検診が身近なものになりきっていない

西村 議論の土台として「Health FLAP」というモデルを用意しました。これはFind-Learn-Action-Performというサイクルを回すことで、個人の自発的な行動の進化をエンパワーメントできるのではというものです。簡単に説明すると、Findは自分の体の状態を知ること、理想の状態とのギャップに気づくことです。Learnは健診・検診や病気に関する正しい知識を得ること。Actionは生活習慣を改善することや必要な健診・検診を受けること。そして、Performは健康で元気に活躍する、がんを早期に発見し早期に復職することです。このサイクルが回れば、結果的に、必要なタイミングで能動的に検診を受ける、健康管理をするといった個人の自発的な行動につながる。私たちはそう期待しています。しかし、ステップの内容とつながりには様々な課題があります。例えば、Learnのステップではがんという病気自体の理解が進んでいないこと。三菱総研とLily MedTechの共同アンケート調査でも、乳がんでないにも関わらず「精密検査が必要」と判断される偽陽性が多いこと、がんの具体的な治療法が知られていないことなど、リテラシー不足が明らかになりました。東さん、立道先生、どう思われますか。
 

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 特に課題だと思ったのは、多くの方が「継続受診していない」ことです。乳がんに罹患しやすい40代から60代の女性のうち16%が「過去に乳がん検診を受けたことがない」と回答しました。逆に言うと「過去に一度以上、乳がん検診を受けたことがある」方が80%以上いるわけですが、これも全員が毎回受けているわけではありません。継続受診できていない理由は、端的に「がん検診が身近なものになりきっていない」ことだと思います。若い芸能人の方が乳がんに罹ったというニュースの後、検診率が一時的に上がることがあります。でも、その数字もすぐに元に戻ってしまう。

立道 多くの人にとって、若くしてがんになるというのはドラマの世界のことで、自分が当事者になると想像できないのかもしれませんね。ただ、統計的にみれば65歳までに7人に1人の従業員が何らかのがんに罹る時代です。がんは誰もが罹る可能性がある病気だという認識は持つべきだろうと思います。合わせて強調したいのは乳がんや子宮頸がんなど、若い女性が罹るがんは予防できるし、早期発見により治療できるものだということです。特に会社で働き盛り、家庭では子どもの教育費負担があるなど、社会的インパクトが大きい若い世代のがんを早期発見・治療することは重要だと思います。また、誰もががんに罹る時代ですが、一度目のがんを早期発見~早期治療でうまく乗り越えれば、二度目のがんに遭遇する確率は低くなります。もちろん再発するケースや体質的にがんになりやすい人もいるわけですが、多くの方は一度目を早期発見、早期治療しておけば、就業可能年齢のうちに再びがんに罹患する確率は下がるんです。

西村 やはり、検診による早期発見が重要だと。その点、三菱総研がどんな取り組みをしているか、吉野さんにご説明いただきます。

吉野 女性社員に面談すると、女性がんへの関心は高いです。ただ、だから積極的にがん検診を受けるかというとそうではない。仕事や育児が忙しいから、がんが発覚するのが怖いからと、検診を受けない理由がたくさんあるからです。受診率を手っ取り早く高めようと思ったら、事業主の安全配慮義務として年一度行われる定期健康診断に「がん検診をくっつける」のがいい。しかし、当社の場合は定期健診の施設と乳がん検診や子宮頸がん検診を受けられる施設が別の場所なので、それだけでも受診率が下がる理由になります。そんな女性たちに私から話すのは、やはり「自己管理によってがんのリスクを減らせる」ということですね。がんは運の要素も強い病気ですが、それでも自然災害などと違い、避けられる病気でもあります。それから「会社員の死因の半分はがんで、働く世代の自殺を除く病気死亡の9割はがんである」「深夜勤務をする女性は乳がんのリスクが高くなる」「それでも、早期発見・治療をして職場復帰を果たしている人がこんなにいる」といった事実も伝えています。

西村 がんのリスクと検診のメリットを社員に理解してもらうのは、制度的な課題ですよね。立道先生が取り組んでこられた「マイ検診プラン」もご紹介いただけますでしょうか。

立道 がん検診を単年度で受ける、受けないと決めるのではなく、10~15年という期間の中で考える。特に自分の将来設計と合わせて、この年齢ではこのがん検診、喫煙していればこの検診、深夜勤務が多いからこの検診と人それぞれのリスクに応じた行動を医療職と一緒に考えます。「この時までは子どもが小さいし、特別により詳しい検診を受けて、がんでQOLを害さないようにしたい」「この年齢になったら、それ相応の検診にしよう」「この検診にはこんな弊害があるのだな」など、それぞれの人生プランに合わせて、検診のメリット・デメリットを共有するのがマイ検診プランです。特に、ご自身の生活習慣のリスクを知っていただき、それを変容していただくことがそもそもの目的です。私は、従業員が集まり、がんを含めた健康の問題を皆で楽しく話し合いながら、自分が受ける検診を決めていきましょうというスタイルを実践してきました。これが結構、白熱するんですね。他の会社もそんなふうに従業員ががんと向き合う時間を設け、議論できる機会を作ってもらえるといい。私を含めた産業医が議論をファシリテートできればと思います。そもそも日本人のがんリテラシーが低いのは、定期健診や特定健診などが法律で定められている弊害もあると私は考えています。逆説的な言い方になりますが、健診制度があるために、積極的に「どんな検診があるのか」「検診でカラダのどんなことが分かるのか」などの知識を得ないまま済んでいるわけです。一方、欧米諸国では健診制度がないにも関わらず、乳がん検診や子宮頸がん検診の受診率が7〜9割にも達しています。これはがん検診を受ける人のリストを自治体レベルで作り、全員に電話をかけ、受診勧奨しているから。精密検査が必要ならドクターにも勧奨し、実際にがんが見つかったかどうかまでしっかり追いかけます。ここは、日本と諸外国の大きな違いですね。日本は健診が義務化されてはいますが、がん検診を誰かに「ぜひ受けましょう」と勧められるわけではないし、どんな検診が良いかといった情報も足りません。そのあたりの理解を会社の中でも促していく必要があると思っています。

任意のがん検診をフォローする両立支援

西村 何をきっかけにがんに関心を持つのか。Health FLAPのサイクルを考える時、まず目を向けたいのは、がん検診が義務化されていない、任意の制度であることです。
立道 がん検診が任意である理由は、端的に言うと様々な不利益があるからです。例えば、血圧や体重は毎日測っても「ちょっとやばいかもしれない」とは思いますが、深刻な精神的負担にはなりませんよね。でも、がん検診を受けて「がんの疑い」と出たらどう思いますか?一次検診での偽陽性率は何%という事前知識があれば良いですが、何も知らない状態で「がんかもしれない」と伝えられるとショックは大きい。これが精神的な不利益の例です。がんの知識を広めないまま、がん検診を義務化すると、こうした不利益を被る人が多く出ます。不利益を払拭するためにも、「がん検診は二段階検診で、まずは精密検査を受ける人を絞り込む検査。精密検査を受けても、実際にがんが見つかるのは5%だけ」といった情報を正しく知っていただく必要があります。
西村 なるほど。任意の受診でありつつも、職域のがん検診を広める取り組みについて、吉野さんからお話しいただけますか。
吉野 当社の2018年における女性社員の乳がん検診受診率は34%で、これは世界最低水準といわれている国内水準を下回ります。それでも毎年、新規のがん患者が見つかる状況に課題を感じていました。施策の結果、2019年は受診率76%と大幅に改善されました。具体的には、厚労省の指針に則り、2年に一度は乳がん検診や子宮頸がん検診を全員受診できる体制をつくりました。検診費用は会社負担、受診時間も就業時間扱いにし、規定年齢の女性社員全員にあらかじめ、乳がん・子宮頸がん検診を設定する形です。これなら自分からがん検診を受けようとしない人にも、がん検診の機会(受けたくなければ外せるオプトアウト)を提供できます。そのメリットは受診率の増加以外にもありました。がんと診断される以前から、精密検査についてもフォローができることです。偽陽性やがんと診断された後のフォローについても、そこでしっかり説明できます。がん検診は、がん施策の水際対策だと思っています。出来るだけ小さなうちにがんを発見し、小さなうちに対処するために、がん検診を行う。それが社員自身の生活を守ることに繋がりますし、事業者側の安心にもなるはずです。
立道 精密検査を受ける前段階からサポートに関われるというのは、重要な指摘です。「精密検査を受けてもがんが見つかるのは何%だけ」と聞けば、検診の怖さは軽くなります。そうして早期にがんが見つかれば、その分、仕事と治療の両立支援もしやすい。両立支援のなかで大きな問題は、がんと診断された後に仕事を辞める人が多いことです。そこに産業医や吉野さんのような産業看護職が寄り添ってくださると、両立支援がスムーズになると思います。
西村 今のお話はHealth FLAPでいうActionのところ。必要な健診・検診を受診する際に、寄り添ってくれる誰かがいると次のステップへ進みやすいと理解できそうです。 

がん検診の精度と不満をテクノロジーが解決

西村 受診するActionの妨げになっている要素に「がん検診は怖い」という心理があります。Lily MedTechが開発する診断装置は、この問題をどう解消しようとしているのでしょうか。

 少なくとも、現在、乳がん検診で最も普及しているマンモグラフィーの、痛みと被曝が伴うという課題を解消したいと考えています。三菱総研と共同で行ったアンケート結果でも、80%以上の方は「マンモグラフィーを受けたことがある」と回答しました。しかし、多くの人は「また受けようとは思わない」と。その気持ちは本当によく分かります。私自身、マンモグラフィーを受けた時にはびっくりするぐらいの痛みを感じましたから。せめて、マンモグラフィーの必要性を理解した上で、痛みもなく、ただ寝転がっているだけという体験ができないなら「また受けてもいい」と思わないのではないでしょうか。また、全体の乳がん患者の半分が自己発見によるものであり、30%の方が検診で自覚症状がない状態で発見されていることが分かっています。この30%という数字も上げていかないと。

西村 痛みを伴う検診をわざわざ受けるはずがないと。その気持ちにも応えていく必要がありますね。

 立川市の「行動科学理論とソーシャルマーケティング手法の融合による行動変容の研究」で、3236人を調査したところ、2年以内のがん検診非受診者のうち、「乳がんが心配」と答える方が15.6%いたそうです。がんが怖いのに、検診を受けない人がこれだけいるんです。30〜40代の女性にとっては健康でいるのが当たり前で、日常生活の中で苦痛を伴う経験をすることはまずありません。そして、実際に検診を受けても大半の人はがんが見つからない。多くの人にとって、がん検診は健康を確認するためだけの検診になっています。なのに、苦痛を伴うというのはどうなのかと。付け加えるとマンモグラフィーには「乳腺が発達した女性に対して感度が下がる」という問題もあります。つまり、苦痛に耐えて検査を受けたのに「分からない」という結果をもらうことがある。これで「サービスとして成立しているのかな?」というのが正直な感想です。当社が開発する画像診断装置に、超音波技術を採用したのも乳腺の発達に影響を受けにくいからです。

「健康」は誰のものなのか?

西村 今日は企業検診を中心に議論しました。視聴者からの興味深い質問を紹介します。「欧米などで進むジョブ型雇用は、基本的に自己責任が強化されるものであり、企業が従業員の健康を手厚く管理するのはその流れに逆行するのではないか?そもそも健康は誰のものなのでしょうか?」とのことです。
 おっしゃることはよく分かります。たしかに健康は個人のものかもしれません。ただ、私はがん遺児で母親を46歳で亡くしています。母はがんに罹るまで、自分の健康に何の疑いも持っていなかった。同じように普段、健康を意識せず生きている人が大勢います。もし、企業や国が本人にかわって健康を管理してくれるなら、悲しい出来事は減るのではないかと思います。
吉野 企業ではなく日本という枠で考えると、先進国の中でがんによる死亡が増えているのは日本だけです。がん検診受診率もしかり、緩和ケアしかり、がんに関する全てのことが遅れている。WHOからは日本のがん施策は前世紀並み、つまり他国から100年くらい遅れていると指摘されています。その遅れを個人の力だけで取り戻せるのかというと疑問です。企業も、自分たちの戦力である社員の健康を把握するのは大切なことではないでしょうか。
立道 本来、健康は企業が管理するものでなく、「サポート」するものだと思います。従業員のQOLを維持し、生産性を向上するために快適な職場をつくるという義務の一部です。ご指摘の通り、国のがん対策はプアですし、特定健診・特定保健指導も上手く機能していないところがあります。そのなかで企業も従業員の健康を支援してくれないとなると、優れた人材は集まってこないでしょう。
 
西村 最後に、みなさんが考える「受けたくなるがん検診」について伺いたいです。
吉野 私は企業が取り組むべきがん対策のポイントは、第一にがん検診の受診を啓発すること、第二に会社全体でがんについて正しく知ること、第三にがんになっても働き続けられる環境をつくることだと思っています。その結果として、本人も周りの人間も「がん検診を受けてよかった」と言えるようになるのではないでしょうか。
 Lily MedTechは乳がんに関わる課題解決のために創業されました。健康な方が受けるがん検診はもちろんのこと、がんの治療中・治療後のフォローも含めて、全てのステージに伴走できる事業を目指していきたい。受けたくなるがん検診もそのなかで生まれるものだと思います。
立道 私はがんの患者さんを多く診てきたものですから、まず、治療に目が向きます。あらためてお伝えしたいのは、昨今の医療の進歩は大変なものだということです。例えば、胃がんの内視鏡手術なら2〜3日で退院、1週間後には仕事に復帰できるんですね。こうした情報をお伝えすることで、がん検診を受けたいと思う人を増やしていければと。
西村 ご回答ありがとうございました。本日お見せしたHealth FLAPのサイクルで言えば、検診はActionまでのプロセスが重要と私は思い込んでいたかもしれません。でも、実は次のPerformの部分、つまり、がんが見つかった後のことや具体的な治療、復職を支える体制などについても情報を伝え、知っていただく必要があると痛感しました。そこで、どうやってがんにまつわる情報を伝えていくかが今後の課題ですね。引き続き、みなさんと議論しながら具体的な取り組みを進めていきたいと思います。今日は本当にありがとうございました。
  • Moderator: Yoshihisa NISHIMURA (Innovation Service Creation Division, MRI)
  • Speaker: Masayuki TATEMICHI (Professor/Tokai University, School of Medicine, Department of Preventive Medicine)
  • Speaker: Shiho AZUMA (President & CEO/Lily MedTech Inc.)
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