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5 AUG, 2020

まちのお医者さん2.0とは?

  • #Post CORONA
  • #健康維持・心身の潜在能力発揮
Credit :
  • Moderator: Tomoyuki SUZUKI(Open Innovation Center, MRI)
  • Speaker: Mamoru ICHIKAWA(Medical journalist)
  • Speaker: Yuuki TAZAWA(MIZEN Clinic Toyosu・Ichigaya / Department of Neuropsychiatry, Keio University School of Medicine)
  • Speaker: Miyako YOSHIZAWA(Coral Capital)
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新型コロナウイルスの影響を受け、初診から解禁されたオンライン診療。オンラインでの医療・ヘルスケアサービスが当たり前になった時、まちで開業する今あるクリニックはどうなっているのでしょうか。医療ジャーナリスト、現役の医師、ベンチャーキャピタリストが議論し、オンラインとリアル、それぞれに求められる必要な要素と課題を浮き彫りにします。

医師と患者から見るオンライン診療の現状

  鈴木 新型コロナウイルスの院内感染を防ぐため、厚生労働省は「初診でのオンライン診療」を4月13日に解禁しました。オンライン診療そのものは以前から実施されていましたが、「初診は対面診療で」「3ヶ月の受診歴」「慢性疾患のみ」等の条件がありました。こうした条件がコロナを機に緩和されたかたちです。まずは、実際に医師としてオンライン診療に携わる田澤さんに伺いたいと思います。オンライン診療の現状、メリット・デメリットをどう見ていますか。


田澤 当院は初日からLINEを用いたオンライン診療を始めています。新型コロナウイルスの影響で来院患者が減る一方で、4月はかなりオンラインでの発熱相談が多かったですね。ただ、5月6月とウイルスの影響が落ち着くにつれて発熱相談は明確に減っていきました。
感染症対策としてオンライン診療が役に立つ、これは間違いなくメリットです。一方、デメリットは身体所見が取りづらいこと。COVID-19の疑いもあって初診は慎重にならざるを得ません。診療時間も対面診療で風邪やインフルエンザを見るなら通常は10分とかかりませんが、オンライン診療だと15分から20分。フォローアップも細かく入れています。

鈴木 現場の声はリアルですね。一方で、患者から見たときのメリット・デメリットも気になります。市川さん、いかがですか。

市川 オンライン診療の歴史的な経緯から振り返ると、最初は、専門医がいないクリニックなどが検査画像を遠隔の中核病院に送って診断してもらえないか、という「遠隔診断」から研究が始まりました。その後、「僻地の一般診療をカバーできないか」という形で現在のオンライン診療(テレビ電話やオンライン会議システムを使った診療)に近い形での検討が進んでいきました。「僻地にいる慢性疾患の患者さんをフォローアップしたいが医師が頻繁に訪問するのは無理」といった場合のニーズです。このニーズは今も変わりません。
普及の壁になっているのは、やはり身体所見が取りにくいことが1つ。ITリテラシーの問題もあります。離島に住んでいる高齢者にZoomを使ってくださいと言ってもなかなか実現が簡単ではない、その補助のためにマンパワーが結局必要になってしまう、などです。
そして最近注目されているのは、オンライン診療を都市部で働いている人向けに使うものです。禁煙相談であったり、慢性疾患の状態が落ち着いていて、経過観察のために通院が求められたりする場合など、「忙しい日々で治療の継続にハードルがある」人にとっての利便性が重視されている。そして利便性を追求するなら、「自由診療の方が制約もなくていいのでは」という議論もなされるようになっています。

吉澤 慢性期の患者さんの経過観測に利用されていたオンライン診療が、非慢性期の保険診療にも普及したことは意味があると思います。私の実体験なのですが、お腹が痛くてオンライン診療を利用したことがあります。症状を説明すると「すぐ総合病院へ」と勧められました。これまでなら、まずクリニックの診察を受けにいっていたところです。どこで診察を受けたらいいか分からない人が医師とのオンライン相談を経て、適切な医療につないでもらえる。これは、日本にこれまでなかった「ゲートキーパー」ではないかと。大きな病院のリソースを消費するので、適切な診療報酬を考える必要はあるとは思うのですが。
田澤 ゲートキーパー的になるとすれば、それはオンライン診療ではなく、厚労省のガイドラインにある「オンライン受診勧奨」の枠かもしれません。これを保険診療とするなら財源確保は1つの課題です。自由診療にする選択肢もあると思いますが、その場合、経済格差が健康格差を生む危険も。その格差を解決するならやはり財源を考えないといけない。このバランスを国としてどうとるのか、議論が必要です。
「大病院のリソース」も重要な論点だと思います。これは医療機関のプロフェッショナリズムと切り離しては語れません。と言うのは、単に「オンライン診療でわからないことがあったら大病院にパスすればいい」という話になると、ゲートキーパー役とは言えない。「医療機関としてのプロフェッショナリズムをどこで担保するか」という議論がないまま、安易にゲートキーパーとしてのオンライン診療を推進するわけにはいかないように思えます。

鈴木 将来に目を向けると、日々の健康データを自分で取得して、全国から適切な医師を選んで受診できたり、AIのサポートを受けながら市販薬を活用した治療が行えるようになります。医療は病気を治すだけでなく、健康増進や早期発見のサポートも重要な役割になる。クリニック(=未来のまちのお医者さん)はこうした役割と「ゲートキーパー的役割」をうまく組み合わせていくことが重要だと思います。

どんなひとがオンライン診療に向いているか?

市川 私が気になるのは、コロナの緊急事態によって一気に利用のハードルが低くなった一方で、本当に「どんな人がオンライン診療を必要としているのか」という議論がされていないことです。

田澤 医師と患者の信頼関係がポイントかなと思います。例えば、数年来私のクリニックに通ってくださっていて、多少のコンフリクトも前向きに解消していけそうな患者さんなら、基本的に差し支えないと思います。裏を返すと、その信頼関係がないと難しいわけです。特に初診の患者さんですね。我々がオンライン診療を提供する意図と、患者さんが利用したい意図がすれ違い、お互いに摩耗するケースがあります。「別の病院では薬を出してもらえなかったので、こちらで出してもらえないか」と言ってやってくる患者さんなどがあり得ます。ドクターショッピング(注:医療機関を次々と、あるいは同時に受診すること)を起こしやすい患者さんをオンライン診療が助長してしまう側面は見逃せない。

市川
 そうですね、僻地でのオンライン診療はある意味、ターゲット像が明確なので従来通り推進するべきだとしても、都市部ではどうか?オンライン診療を導入しなければ、どうしても医療の質が大幅に下がってしまう、あるいは逆に質が従来より大幅に上がるケースがどこまであるのでしょうか。コロナが流行しているうちは「院内感染を防ぐためにオンライン診療を」と言えても、そうでない時期になれば、「無理をしてオンライン診療を入れる必要はないよね」ということになってしまう。
ですからいま、オンライン診療を進めていく立場から考えるべきは、「どうしたらユーザーはオンライン診療に付加価値を感じるようになるのか?」ではないでしょうか。例えば、「一般のクリニックで診察を受け、薬をもらって帰る時」に最もフラストレーションを感じるのは、待ち時間だったり、わざわざ薬局に移動する手間だったりするわけです。だったら、慢性疾患で既に処方箋が出ている人には家まで薬を届けるとか、もしくは、忙しい労働者と一括でつながるために企業の健康組合と組み、生活指導なども含めてオンラインで提供するとか。そういった付加価値がついて、はじめてオンライン診療が成立するような気がしているんです。

鈴木
 なるほど。オンライン診療がもたらす付加価値を、吉澤さんはどう見ていますか。

吉澤
 患者さんの生活習慣で治療効果が大きく変わる慢性疾患のうち、「オンライン診療によって、医師と患者のコミュニケーション機会が増えると治療効果が改善する」領域がありそうです。糖尿病やメンタルヘルス関連などが例です。医師が患者をフォローアップしやすく、また患者側も医師にアクセスしやすいプラットフォームをつくる民間企業が出てきたら、オンライン診療のマーケットは変わる。またそれは医師にとっても、患者にとっても、保険者にとってもメリットのある「三方良し」のオンライン診療になるのではないかと。

「だったら、対面診療でいい」という意見

吉澤 オンライン診療が患者にもたらす付加価値も大切ですが、コロナによる「受診控え」がある中では、医師にもたらす付加価値も考えないと、おそらく病院やクリニックの経営が厳しくなります。オンライン診療もそうですが、予約のシステムや処方箋の管理などを含めた「病院自体のデジタルトランスフォーメーション(DX)」がコロナを機に激化するのではないでしょうか。それは医療業界全体を良くするものと、私は期待しています。

田澤 そうですね。クリニックは比較的そうしたシステム投資がしやすいと思います。一方、基幹システムがガチガチに作られている大病院がDXをしようとすると、金銭面でもオペレーション面でもかなり負担がかかる。
もっとも、患者さんのニーズがついてくるかと言うとやはり未知数です。当院もそうですが、他のクリニックの先生方を見ていても、オンライン診療の件数は4月をピークに減っています。市川さんがおっしゃるように、オンライン診療単体では患者さんに明確な便益を与えられるまでには至っていない。

鈴木
 患者さんにしてみれば、今の段階では「オンライン診療は面倒くさいし、慣れている対面診察のほうがいい」というわけですか。

田澤
 オンライン診療のつもりで待っていたらその患者さんがクリニックにいらっしゃったこともあります(笑)。「忙しくても使える」利便性の高さを理由に、オンライン診療を推進する議論がありますけど、クリニックにかかる一般の方はそこまで忙しくないというか。昔のように1時間も待たされるクリニックも少ないですし、通い慣れているクリニックなら待ち時間の目処も立ちます。「だったら、対面診療でいい」という考えをひっくり返すほどの利便性は、今のオンライン診療は提供できていない。

鈴木
 市川さんがメチャクチャうなずいていますね!

市川
 田澤さんの言うことに賛成です。残念ながら今のオンライン診療は、対面診療と比較して「劣った」部分の多いサービスでもあります。例えば、眼科のクリニックがオンライン診療をするといっても、眼のアップを撮影できない状況では診断がつくほうが少ないわけで、「やはり病院へ」くらいしか言えないという話も聞きます。10年先の未来なら、眼をアップで撮影できるデバイスができているかもしれません。でも医療の世界では、そのデバイスがコモディティとして「誰もが持っている」状況にならないと使えないんですね。デバイスの信頼性も検証しないといけない。おそらく、医療システム全体を見た場合、「オンライン診療」が一般化していく過程は、皆が想像しているよりゆっくり進んでいくと個人的には予想しています。

鈴木
 MRIがMEDIS-DC(医療情報システム開発センター)と行った調査では、慢性疾患でオンライン診療を活用した患者は、コロナ収束後も6割超がオンライン診療の継続利用に前向きだったというデータがあります。コロナ感染拡大により患者の意識や行動が変化しつつあることは確かなようです。遠隔での検査や診断技術も将来は発展していくので、それを想定しながら未来のクリニックの形を考えていくことが必要ですね。

UIとUXが整えば、患者の行動が変わる

鈴木 吉澤さんはヘルスケア領域のスタートアップに投資をしているお立場です。投資家目線で見て、オンライン診療をどんなふうに取り入れていたら、「このプレイヤーには未来がある」と感じますか。

吉澤
 市川さん、田澤さんのお話を聞いて改めて思うのは、医療業界が非常に保守的であること。今できあがっている仕組みの中にテクノロジーを入れるのはとても難しいと思います。でも逆に言えば、それだけの参入障壁を超えられるユニークなインサイトがある企業は、ユニコーンになれるかもしれない。以前は私も「病院向けにシステムなんか売れない」と思っていましたが、そこを突破しようとする起業家が現れています。
現状ではニーズがないかもしれないオンライン診療にしても、UIやUXが整うことでユーザーの行動が変わっていく可能性がある。例えば「クリニックフォア」というクリニックを運営しているリンクウェルという会社は、自社アプリによってオンライン診療をスムーズにしています。また、病院を買収するようなPEファンドが今後、病院のシステム投資にお金をかけていくことで、病院サイドも患者サイドも行動が変わるのではないでしょうか。昔、「ECで高級品を買う人はいない」という議論がありましたが、ECが進化したことで今では当たり前にECで高級品を買うようになっている。それと近いことが起こるのではないかと。

鈴木
 2010年代のアメリカでは、医療業界にIT業界のマネーが入り、ステークホルダーが広がったことで業界が盛り上がり、プレイヤーもサービスも大きく変容しました。日本でも同じように、新しいプレイヤーが参入するのを機に医療業界が変わるかもしれませんね。きょうの議論をもとに、オンライン診療の進んだ未来の「まちのお医者さん」の姿について、新しいアイデアをみつけられそうです。今日は本当にありがとうございました。
関連URL)MIZENクリニック  https://www.mizenclinic.jp/

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