Update :
24 NOV, 2020
社会を作るパートナーとしての市民
~産業と融合するこれからのRRI~
- #Post CORONA
- #新たな価値創出と自己実現
Credit :
- Tomoyuki Suzuki (Senior Consultant, Future Co-Creation Division, MRI)
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鈴木 智之
三菱総合研究所 未来共創本部 主任研究員
医療・ヘルスケア領域を中心に、未来社会研究や社会課題・インパクトの調査・分析に携わる。新規事業開発、研究開発マネジメント、リスクマネジメント、データ分析等の分野で官公庁および民間企業のコンサルティング実績を有する。リハビリテーション向け身体機能見える化サービス「モフ測」の元事業開発マネージャー(2016-19年)。元スタンフォード大学米国アジア技術マネジメントセンター客員研究員(2015-16年)。
科学は万能か、市民は無知なのか
EUで2014から2020年にかけ推進されているHorizon2020では、科学技術の社会実装を円滑に進めるためのフレームワークとして「責任ある科学・イノベーション(Responsible Research and Innovation。以下、RRI))」が開発されている。その主な特徴のひとつは、新しい科学技術を使ったサービスが社会に導入される前から、将来のステークホルダーとなる市民を巻き込んで議論を行うことだ。
根底には、市民は社会を作るパートナーである、という考え方がある。しかし、この考え方は歴史とともに発展してきたものであり、最初から主流だったわけではない。科学的に正しいことは、市民にも適切に理解してもらえれば受け入れられるという考え方も普及していた。そんな社会と市民の関係を大きく変えたのは、2000年頃に英国で起こった遺伝子組み換え作物(GM作物)問題である。
根底には、市民は社会を作るパートナーである、という考え方がある。しかし、この考え方は歴史とともに発展してきたものであり、最初から主流だったわけではない。科学的に正しいことは、市民にも適切に理解してもらえれば受け入れられるという考え方も普及していた。そんな社会と市民の関係を大きく変えたのは、2000年頃に英国で起こった遺伝子組み換え作物(GM作物)問題である。
英国GM作物問題で社会と市民の関係は大きく変わった
2000年頃、英国では遺伝子組み換え技術を適用した大豆やトウモロコシなどがすでに市場に流通していたが、その是非について市民の間で議論が巻き起こっていた。安全性や環境への影響、農家の経営への影響に関する議論だけでなく、農家や消費者に関する政治問題や、そもそも個人の価値観としてGM作物を認めるのかなど、幅広い論点を含む大論争となった。
当時、政府の市民とのコミュニケーションは「欠如モデル」を前提としていた。これは、市民は適切な知識が欠如しているためにGM作物に不安を感じ反対するのであり、科学技術に関する正しい知識を提供すれば、不安は解消されて市民はGM作物を受入れる、という考え方である。しかしこれは誤りだった。問題の領域は幅広く、明確な状況設定も難しいものが多い。そのため、科学的な観点からの解決方法だけでは市民の不安は払しょくできなかった。このように科学的アプローチだけで答えが得られない問題はトランス・サイエンスと呼ばれる。
そこで英国政府は2002~2003年に「GM Nation? The Public Debate(以下、GM Nation)」という取り組みを行った ※1。市民に説明して納得してもらうのではなく、多面的な問題を一緒に議論することでリスクへの理解を促し、不安を払しょくするとともに社会の受容性を高めようとしたのである。全国6カ所で行われた会議は600回以上におよび、2万人以上が参加した。だが、参加者からは逆に、この施策自体がGM作物導入をもくろむ政府のアリバイ作りではないか、といった不信感が生まれてしまい、GM作物に対する社会の受容性を高める目的には大きな課題を残した。GM Nationはタイミングが遅すぎたのである。
市民は、正しい知識を与えれば安心して新技術を受入れる受け身の存在ではない。一方で、技術をどう社会に取り入れていくべきかをともに議論するには、技術が社会に導入されてからでは遅い。それならば、技術が社会に出るもっと前の段階から、科学技術は市民との接点を持ち、未来への対話を重ねる必要がある。市民は一緒に科学技術を発展させ、よりよい社会を創っていくパートナーなのである。
当時、政府の市民とのコミュニケーションは「欠如モデル」を前提としていた。これは、市民は適切な知識が欠如しているためにGM作物に不安を感じ反対するのであり、科学技術に関する正しい知識を提供すれば、不安は解消されて市民はGM作物を受入れる、という考え方である。しかしこれは誤りだった。問題の領域は幅広く、明確な状況設定も難しいものが多い。そのため、科学的な観点からの解決方法だけでは市民の不安は払しょくできなかった。このように科学的アプローチだけで答えが得られない問題はトランス・サイエンスと呼ばれる。
そこで英国政府は2002~2003年に「GM Nation? The Public Debate(以下、GM Nation)」という取り組みを行った ※1。市民に説明して納得してもらうのではなく、多面的な問題を一緒に議論することでリスクへの理解を促し、不安を払しょくするとともに社会の受容性を高めようとしたのである。全国6カ所で行われた会議は600回以上におよび、2万人以上が参加した。だが、参加者からは逆に、この施策自体がGM作物導入をもくろむ政府のアリバイ作りではないか、といった不信感が生まれてしまい、GM作物に対する社会の受容性を高める目的には大きな課題を残した。GM Nationはタイミングが遅すぎたのである。
市民は、正しい知識を与えれば安心して新技術を受入れる受け身の存在ではない。一方で、技術をどう社会に取り入れていくべきかをともに議論するには、技術が社会に導入されてからでは遅い。それならば、技術が社会に出るもっと前の段階から、科学技術は市民との接点を持ち、未来への対話を重ねる必要がある。市民は一緒に科学技術を発展させ、よりよい社会を創っていくパートナーなのである。
産業と融合するRRIへ
日本でもEUにおけるRRIの流れを踏まえ、2016年の第五期科学技術基本計画において「共創的科学技術イノベーション」の概念を打ち出している。多様なステークホルダーが双方向で対話・協働し、それらを政策形成や知識創造へと結び付ける取り組みだ。これに加えて、筆者は、RRIのコンセプトはこれからの産業界にとってより重要だと考える。
周りを見渡せば、スマートフォンの画面にキャラクターを載せて現実世界と仮想空間を融合させるAR技術がすでに広く浸透している。しかし、例えばビルの壁一面にAR広告を出したとき、それを見て注意が散漫になることで交差点での事故が増えたら、その責任は誰のものだろうか。存在しない人の顔をAIで合成できるGANという技術がある。既に広告の人物モデルなどの分野で活用が進んでいるが、同様の技術を使って本人になりすませば詐欺や窃盗に悪用することも可能だ。しかしその責任をGANの開発者に押し付けることはできないだろう。
潜在的なリスクに気づかないまま、日常生活に浸透し始めている科学技術は、将来そのリスクを顕在化させる可能性がある。そうならない早期に、社会を創るパートナーとしての市民が積極的に関わり、企業と連携し、適切な未来社会を描いていくことが重要である。
RRIは先進的な概念であり、産業界での活用はまだこれからだ。変化の速いビジネスの動きにも対応し、企業と市民が一緒になってよりよい社会を創っていくためのフレームワークに発展させる必要がある。産業と融合するRRIの開発が、よりよい未来へのカギになるだろう。
周りを見渡せば、スマートフォンの画面にキャラクターを載せて現実世界と仮想空間を融合させるAR技術がすでに広く浸透している。しかし、例えばビルの壁一面にAR広告を出したとき、それを見て注意が散漫になることで交差点での事故が増えたら、その責任は誰のものだろうか。存在しない人の顔をAIで合成できるGANという技術がある。既に広告の人物モデルなどの分野で活用が進んでいるが、同様の技術を使って本人になりすませば詐欺や窃盗に悪用することも可能だ。しかしその責任をGANの開発者に押し付けることはできないだろう。
潜在的なリスクに気づかないまま、日常生活に浸透し始めている科学技術は、将来そのリスクを顕在化させる可能性がある。そうならない早期に、社会を創るパートナーとしての市民が積極的に関わり、企業と連携し、適切な未来社会を描いていくことが重要である。
RRIは先進的な概念であり、産業界での活用はまだこれからだ。変化の速いビジネスの動きにも対応し、企業と市民が一緒になってよりよい社会を創っていくためのフレームワークに発展させる必要がある。産業と融合するRRIの開発が、よりよい未来へのカギになるだろう。
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以下、参考文献。
- Tomoyuki Suzuki (Senior Consultant, Future Co-Creation Division, MRI)
#新たな価値創出と自己実現
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