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7 DEC, 2020

「当事者」が主役となる、これからの技術開発とは?

  • #新たな価値創出と自己実現
Credit :
  • Yumi Shirai (Researcher, Advanced Technology Center, MRI)
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ThinkLink座談会「身体と融合するテクノロジーは『バリア』をなくせるのか?」では、私たちの社会が健常者/障害者に関わらず、必ずしも快適に作られているとは限らないことが指摘された。マーケティング目線ではユーザーをステレオタイプな型にあてはめて考えがちであるが、そこから外れたひとにとって心地良いものを目指すことで、これまで気づかなかった課題発見につながり、結果的により多くの人々にとって心地よいものにすることができる。テクノロジーでバリアをなくしていくには、バリアを抱える当事者を真ん中に据えつつも、その家族や周囲で接する人々、加えて別のバリアを抱える人々もターゲットに含めた技術開発やマーケティングが有効になる。本稿では、このような広い「当事者」を主役としたこれからの技術開発について考察する。

白井 優美

三菱総合研究所 先進技術センター 研究員

先端技術の動向調査・社会実装プロセス研究に携わる。ThinkLinkの立ち上げメンバーであり、企画・広報を中心に担う。社外活動として科学技術誌のアンバサダーを務めるなど、サイエンスコミュニケーションにも関わる。

「本人がやりたいと思うことが出来るようにならないと、身体拡張技術も意味がありません」

  上記座談会の登壇者、南澤教授の言葉には大きな反響があった。身体拡張技術の普及ありきではなく、当事者にとっての心地よさや希望を実現する選択肢として技術があるべきだという意味が込められている。一方で、当事者が「何をしたいか」と「技術という選択肢に気づくこと」はニワトリとタマゴのような関係である。「何をしたいか」の先に「技術」を見つけることもあれば、「技術」を知って「こんな技術があるなら私の願いも叶うかも」と希望が生まれることもあるだろう。在宅介護の分野でロボットの導入が進まない一因として、要介護者の家族やケアマネージャーがその存在を知らないことがあるようだ。当事者にとっては、まず希望を実現し得る技術の存在を知ることが第一歩になるだろう。

当事者のセレンディピティを誘発し、繋がる

 どうすれば当事者に技術を知ってもらえるだろうか。現状の課題は、当事者と技術開発者の情報の非対称性である。
 まずは、大学、研究機関、企業等が開発している技術について、分かりやすく魅力的に発信していく必要がある。最近ではホームページやSNSを活用し、専門家以外の方にとってもイメージの湧きやすい発信をしているケースが増えてきている。
 例えば 産業技術総合研究所@AIST_JP)はTwitterで1.4万人以上のフォロワーを抱えプレスリリースやイベント情報、メディア対応について発信している。取材協力をしたブラタモリの放送日時を知らせるツイートは100以上(注1)のユーザーにリツイートをされている(注2)。また、 物質・材料研究機構(NIMS)「まてりある’s eye」という公式Youtubeチャンネルを持ち、チャンネル登録者数は16.2万人(注1)。例えば 「未来の科学者たちへ #14『超撥水ふたたび』」の動画では、コメント欄が「これはすごい」「〇〇に使えるのでは」という声であふれており(注3)、科学リテラシーの向上にも貢献している。
 発信だけでなく受信する仕組みも必要だ。門戸を広く開け、関心の表明、情報提供、問い合わせや連携の依頼等、当事者側からのアクションをウェルカムにして、繋がりを維持することが求められる。現実世界だけでなく、オンラインでもセレンディピティは起こる。当事者が見つけて「これだ!」と思ってもらえたら、技術開発を進める糧にできるとよい。また当事者を「ファン」として取り込めれば、ほかの技術についても知ってもらいやすくなるだろう。

当事者が参加するオンライン研究室「クラウド・ラボラトリー」

 本当に使ってもらえる技術をつくるには、当事者の声にしっかり耳を傾けることが重要だ。それもなるべく早い段階で深く関わってもらうことが望ましい。
 近年クラウドファンディングが盛り上がりをみせているが、アカデミアにおいても研究目標を達成するために大いに活用されている(注4)。この流れに乗って、複数あるなかからある研究プロジェクトを選択して投資する「ファンディング」だけではなく、例えば使用したときの身体データや感想を開発者にフィードバックして、一緒に技術をブラッシュアップしていくプラットフォームにしていくことが必要だ。いわばオンラインの研究室、「クラウド・ラボラトリー」である。
 開発者側は関心を持つ当事者と密につながることで「声」以上の情報を得ることができ、よりニーズにマッチした技術が完成するだろう。つくるプロセスに参加することによってやりがいも生まれ、単に技術を使う以上の価値を感じられるはずだ。これはThinkLink座談会 「日本のものづくりはどこまで自由になれるのか?」における「60%の完成度、一緒につくる体験価値」という話や 「新たな消費はサステナブルな社会を作るのか?」における「『顔が見える関係』だと生産者は良いものを作りたくなるし、消費者は生産者の手間を思って多少高くても買う」といった話にも通じるところである。
 一方で課題もある。まだ完成していない技術の知的財産をどう守るか。試験中の安全性をどう保障するか。データの信頼性をどう担保するか。頑張っても満足のいくものができなかったらどうするか。当事者が主体的に関わって技術を作っていくことが真っ当なムーブメントになるには、こうした法的・倫理的課題に正面から向き合って枠組を設計することが欠かせない。

三菱総合研究所のシチズン・サイエンス プロジェクト

 研究職ではない一般の方が行う研究活動は「シチズン・サイエンス」と呼ばれ、既に広がりつつある。なかでも日本心理学会は認定心理士の方々と研究を行い、これからの心理学を共に創り上げることを目的に、「シチズン・サイエンス プロジェクト」を開始している(注5)。
 三菱総合研究所はその日本心理学会とともに、高齢者を対象としたアンケート調査を行い、高齢者の社会参画状況を把握し、社会参画を促進する方法の検討に繋げるための調査を行うこととした(注6)。従来アンケート調査に回答できる高齢者は既に一定の繋がりが保たれた、比較的社会参画が可能な高齢者に限られてしまい、高齢者の社会参画状況を正確に把握することが困難となっている。そこで地域社会に溶け込んだ認定心理士の方々のネットワークを活用することで、高齢者の社会参画状況を正確に把握しようとしている。
 シチズン・サイエンス プロジェクトをオープンイノベーション的に、他のステークホルダーと連携して進めていくことで、当事者を巻き込む効果的な方策や必要な制度・枠組についても知見を蓄積していきたい。

注1:2020年11月11日時点
注2:産業総合研究所Twitter、 https://twitter.com/AIST_JP/status/1314455533483552768?s=20(2020年11月11日閲覧)
注3:未来の科学者たちへ #14「超撥水ふたたび」 https://youtu.be/uM5TAxKHPQc(2020年11月11日閲覧)
制作:EUPHRATES(ユーフラテス)  https://euphrates.jp/ 音楽:豊田真之 監修:佐藤雅彦、物質・材料研究機構(NIMS)
注4:academist、 https://academist-cf.com/(2020年11月11日閲覧)
注5:日本心理学会、シチズン・サイエンス プロジェクト、 https://psych.or.jp/authorization/citizen/(2020年11月11日閲覧)
注6:Citizen Science Project 「高齢者の社会参画を促進する方法を検討するための、人との繋がり状況の調査」  https://psych.or.jp/wp-content/uploads/2020/09/citizen_cience_project_Mitsubishi_Research_Institute.pdf(2020年11月11日閲覧)
  • Yumi Shirai (Researcher, Advanced Technology Center, MRI)

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